共同宣言賛同企業へのインタビュー

大手旅行会社からNPO 法人の執行役員へ。若者と社会のつながりをつくる

「若者と社会をつなぐ」をミッションに社会的孤立の解消に取り組む育て上げネット。
深谷友美子さんは、19 年間務めた大手旅行会社から、42 歳で育て上げネットに参画し、執行役員として組織運営に携わっています。

なぜ、まったく違う業界に転身し、若者支援に携わろうと思ったのか、リーダーとして大事にしていることはどんなことか、話を伺いました。

<プロフィール>

認定特定非営利活動法人 育て上げネット 執行役員
深谷 友美子(ふかや・ゆみこ)

1986 年大学卒業後、大手旅行会社に就職。社長付戦略秘書、採用広報担当部長などを経験。
介護で一時会社を離れた際にキャリアカウンセラーの資格を取得。2006 年から育て上げネットに参画し、民間企業経験を元に人事評価制度の整備や自立支援プログラムの企画・運営、認定ファシリテーター制度など事業のしくみづくりに携わる。

「個性がなくなっている」。新卒採用に携わって芽生えた、若者への課題意識

深谷さん:新卒で大手旅行会社に就職し、バブル時代は添乗員として何度も海外に行っていました。後半は社長付の戦略秘書や人事として新卒採用に携わりました。旅行業界は人気業界でしたので、多くの学生が応募してくれます。毎年数千人という大学生と会っているうちに、だんだん「個性がなくなってきたな」「あまりエネルギーを感じないな」と思うようになりました。世の中では「就職活動必勝法」といったセオリーのようなものも出ていて、型にはまってしまっている学生たちを目の当たりにしたときに、「もったいないな」と思ったのです。それぞれに個性があり、多くの可能性を秘めているはずなのに、生かしきれていない。そういった問題意識を抱くようになりました。

ただ、時代的にも終身雇用が当たり前でしたので、定年までこの会社で働くのだろうと思っていました。ところが、40 歳を過ぎたところで父親の介護のために会社から離れることになったのです。その時に先輩から「介護倒れをしないように、自分の時間を持つようにしたほうがよい」とアドバイスをもらい、キャリアカウンセラーの勉強をして、資格を取得しました。介護が落ち着き、勤めていた旅行会社に戻るか、新しいことにチャレンジするかを悩み、後者を選択しました。

深谷さん:いいえ、具体的にはイメージできていませんでした。ただ、これまでのような企業という枠組みではないところで働いてみたい、そして前述の問題意識から若い人たちを応援したい、というのは漠然と考えていました。しかし、ハローワークに行くと、これまでの経験から企業の人事部長や総務部長の仕事ばかりを紹介されるのですね。これまでの延長だと面白くないな、と思っていたときに、たまたま知人が、「いま足立区で工藤啓さんという人が面白いことをやっているよ」と紹介してくれました。地元ということもあり、それがきっかけで、若者と社会をつなぐ活動をしている育て上げネットに出会いました。

まずはホームページから「ボランティアをしたい」とダイレクトメールを送ったところ、すぐに断られてしまったのです。「なぜだろう?」と不思議に思って直談判しに行ったところ、ボランティアは奉仕なので、どうしても責任の所在が曖昧になる。有償で活動にコミットしてくれる人としか働かない、という工藤の考え方を知りました。興味深いなと思い、まずは週2 日から活動に携わるようになりました。

深谷さん:まず、これまでに出会ったことのない若者たちにたくさん出会いました。当時私は42 歳でしたが、自分が見えている世界がいかに狭かったのかを痛感しましたね。多くの人にほとんど知られていない若者の現状があり、自分自身はそこにたまたま関心を持ち、幸いにも関われる余裕がある。何か役に立てるのではないか、と思いました。

お互いを理解し尊重し合いながら、働き続けられる組織を目指す

深谷さん:メインは、無業化(職業に就いていない状態)を予防するためのキャリア教育プログラムの企画と提供です。主に無業化のリスクが顕在化する前の高校生を対象に、生きていくために必要な情報を共有することを目的とした出張授業を行っています。当法人の限られた職員だけでは活動に限界があるため、多くの人を巻き込んでいく必要があります。そこで、前職の経験を生かしながら市民参加型の認定ファシリテーター制度の仕組みを作りました。

私たちの教育プログラムは、何かを教える、あるいはあるべき姿に導くといったものではありません。ただ、現実社会にあることを情報として伝えていく。その情報を伝える場を通して社会とつながり、私たちのような支援者の存在を知ってもらうことに重きを置いています。不本意にも無業の状態になってしまった人は、人とのつながりが希薄な場合が多いです。一因として、これまで出会ってきた大人に対して信頼感や親近感が十分に持てていないということが挙げられます。誰かに助けを求めたくても、信頼できない人とはつながれません。そのため、育て上げネットにたどり着けるだけで一歩前進だと思っています。

深谷さん:前職でもそうなのですが、実は自分から積極的に望んでリーダーになったわけではありません。ちょうど男女雇用機会均等法の施行直後だったこともあり、声をかけていただく機会に恵まれました。そのいただいた機会は最大限に生かしたいと思い、その都度向き合ってきた結果、今があります。最初は不安もありましたが、私の場合は好奇心の方が勝って、「とにかくやってみよう!」と思えたからではないでしょうか。育て上げネットに関していえば、人数の少ない組織の中で、たまたま私が初の一般企業での勤務経験者だったことも、機会をいただけた大きな要因だったと思います。

育て上げネットでは「共創」を大事にしています。私自身、若い職員たちを引っ張るというよりは、一緒に考える、あるいは彼らを応援するようなリーダーになれたらと思っています。NPO の活動は固定観念に縛られず、切り拓いていくことが求められます。それには勇気が必要なので、援護射撃をしながら、うまくいかなかったときには私が責任を持ちます。

また、法人の理念をボランティアスタッフ含めメンバーに語り続けながら、理念を軸に仕事をすることを心掛けています。理解してもらうまでに時間がかかる人もいますが、なぜ理解しないのかと相手を責めるのではなく、理解できるように伝えられない自分自身を客観的に振り返ること、理解できない背景を知ることを意識しています。

深谷さん:育て上げネットは女性の多い職場ではありますが、男性だから、女性だからという性差はあまり意識していません。お互いがお互いを尊重し、出産や育児、介護などそれぞれが置かれた状況の中で、安心して働き続けられる組織を目指しています。性別に限らず、国籍や障害の有無なども含めて、まずは相手を理解することから始まるのだと思います。性別を意識しないのは、私自身が女性だからという理由で差別を受けた経験がないからというのも大きいと思います。

まだ設立から20 年を超えたばかりの組織なので、新しいケースが出てくるごとに1 つ1 つ向き合い解決しながら前に進んでいます。意識しているのは、「前例がないから」と置き去りにしないこと。今後、組織が大きくなるにつれ、きちんと仕組みを整えていく必要があると思っています。

深谷さん:必要な存在である以上は持続可能であることが最も大事だと思っています。これまで育て上げネットの認知度を上げる活動に注力してきましたが、知ったからといって、すぐに助けを求めるとは限りません。2 ~ 3 年悩んで、ようやく助けを求めることもあります。そのときに組織がきちんと存在していなければ、支援することはできません。無業化や若者の孤立といった社会課題がなくならない限りは、健全に継続していく。その基盤づくりに貢献していきたいと思います。

女性ならではの不調もある。1 人で悩まないでほしい

深谷さん:女性として差別を受けたことがないとお話しましたが、やはり生物学的な違いはありますよね。私は生理痛に長く悩まされてきました。生理のときは腹痛で会議に遅刻したり、仕事のパフォーマンスが落ちたりして、上司や同僚から「またか」と非難された経験もあります。当時は情報も少なかったため、理解を求めることは難しかった。そのため、「仕方ない」と受け入れ、元気なときに120%くらいの力を出して頑張り、結果を出すことで乗り越えてきました。

今は情報も多く、理解のある職場も増えていると思います。まずは女性が自分自身を知り、対処方法を知ることが大事だと思います。そして、女性の先輩は頼りになると思うので、困ったときはぜひ相談してみてください。ひとりで頑張るだけが自立ではないというのが私の考え方です。必要な時には周りの誰かに助けを求めるということも選択肢として大切にするのもありではと思います。

生き方や働き方に、絶対正解とか絶対不正解はないかと。自分の価値観や信念を大事にしながら、仕事と向き合っていけたらいいですね。