育児・マタニティ用品の製造・販売を展開するピジョンでは、世の中に先駆けて女性が活躍できる環境づくりに取り組んできました。フルタイムか時短勤務か、月単位で勤務体系を選択でき、育児休業(以下、育休)取得中も3カ月間は全額給与が支払われるなど、柔軟かつ充実した制度で仕事とプライベートの両立を支援しています。
取組の結果、2016年には女性社員はもちろんのこと、男性社員も育休取得率100%を達成。ダイバーシティ・インクルージョンのこれまでの歩みと現在地、そして今後の展望について、自身も子育てをしながら働く人事労務グループ マネージャーの渡辺雪香さんに話を伺いました。
■ 記事のポイント
・トップが強い意志で社員にメッセージを発したことで男性社員の育休取得率が100%に・育休中も3カ月間給与が支給される育休など、社員の声を聞きながら育児制度を構築・メンター制度で不安を解消し、女性管理職比率30%を目指す
ピジョン株式会社人事部 人事労務グループ マネージャー渡辺 雪香(わたなべ・ゆきか)
大学卒業後、2004年にピジョンに入社。人事部門で労務、採用・研修・ダイバーシティー・働き方改革・エンゲージメント向上・健康経営推進などに取り組んできた。2022年から現職。
――まずは、ピジョンの経営戦略における女性活躍推進やダイバーシティ・インクルージョンの取組の位置づけについて、教えてください。
渡辺さん:ピジョンは「赤ちゃんをいつも真に見つめ続け、この世界をもっと赤ちゃんにやさしい場所にします」という存在意義(パーパス)を掲げて事業を展開している会社です。私たちが何を目指し、実現のためにどう行動していくのかを「価値創造ストーリー」としてまとめています。
存在意義の実現のため、中長期的に取り組むべき重要課題(マテリアリティ)を5つ定義しており、その中の1つが、私たち人事部門が取り組んでいる「存在意義実現のための人材・組織風土」であり、その一環として「 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進」を進めています。
女性社員が当たり前に活躍し、商品やサービスの意思決定に参画していくことは、当社の事業を成り立たせるために非常に重要なことだと考えています。
――「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進」の取組において、定めている目標と達成に向けた進捗状況について教えてください。
渡辺さん: 2025年末までに女性管理職比率30%と、男性の育休取得率100%維持の2つの目標を掲げています。女性管理職比率は2024年時点で26.4%でしたが、25年内での30%達成は難しい状況です。この目標を掲げた背景としては、当社の社員全体の男女比が男性6割・女性4割なので、管理職もそれと同じ比率になることが自然だろうと考えたためです。
――女性管理職登用のハードルになっているのはどんなことでしょうか。
渡辺さん:女性管理職の割合が伸び悩んでいることの1つは、女性管理職の数を増やすために戦略的に女性を登用することはしていないためです。当社は性別や年齢に関係なく挑戦したい社員が平等に手を挙げ、チャンスをつかめる人事制度になっています。ですが組織数が増えていかない限り、管理職のポジション数はある程度決まっていますので、すでに管理職がいるところを、女性管理職の登用のために交代するわけにもいきません。そのようなことも女性管理職の人数を増やしていくことの難しさのひとつです。
――女性管理職を増やすため、どのような取組をされていますか。
渡辺さん:当社の女性のキャリア形成支援は2014年から本格的にスタートしました。当時は管理職として家庭と仕事の両立をしていくことが難しく、いま以上に管理職になることに消極的な女性社員が多かったです。そんな女性社員に対して自分がどんなキャリアを描きたいのか、自ら考え見つけていけるよう、マインドセットを軸とした研修を始めました。また、女性管理職の育成をされているNPO団体に女性社員を派遣し、他の企業の方とともにリーダーになるために一緒に学んでいくような場も提供しました。
ただ、お話しした通り、現在では女性に特化した施策を進めるステージから更に先に進み、性別も年齢も関係なく、自分でキャリアを描き、チャンスを掴み取れるような人事制度の設計に変えたため、男女ともに機会は平等と考え、女性に特化した研修は実施していません。
私もそうですが、育児をしながら働く女性管理職が増え、管理職になった後の働き方や生活がイメージしやすくなったため、管理職になることに不安を感じる女性は以前よりは少なくなったと思います。それでも「本当にやっていけるのだろうか」と不安を感じる人はいます。そのようなマインドのフォローをしたいという思いがあり、他の部署の管理職に悩みやキャリアを相談できるメンター制度を検討しています。2025年にトライアルを実施したところ、非常に好評だったため、今後も広げていきたいと思っています。
――男性の育休取得率100%については、2016年からすでに達成しています。世の中の企業より一歩進んでいる印象があります。
渡辺さん:当社では世の中に先駆けて、男女ともに育休取得を推進してきた歴史があります。とはいえ、もともとは当社も男性が育休を取得するような会社ではありませんでした。
男性の育休取得に対して当社が本格的に取り組むきっかけになったのは、2007年にスタートした厚生労働省の「くるみん」の認定制度です。育児用品を扱う会社として、くるみんマークは必ず取得したいと考えたものの、その当時、育児休業を取っている男性社員はいませんでした。そこで育休制度の見直しを始めることにしました。
まず、育休中の金銭面の不安を払拭するため、1カ月間有給で育休を取得できる「ひとつきいっしょ」という制度をオリジナルで作りました。制度の名前も社内公募して、社員を巻き込みながら制度を作ったのですが、制定から5年以上、男性社員の育休取得比率は3~4割程度に留まっていました。
――最初からうまくいったわけではなかったのですね。そこからどのようにして100%を達成したのでしょうか。
渡辺さん:2015年に当時の社長が全社員に向けて「男性社員はみんな、1カ月間は育休を取ってほしい。取れない場合は、管理職が私に理由を説明しに来てください」と伝えたのです。特に強く命令するような口調ではなかったものの、そこから取得率が100%になりました。制度があるからみんな育休を取得したかったけど、仕事の心配や、金銭面の不安があり踏み切れなかったのです。そうした状況を社長のメッセージが払拭し、男性社員の育休の取得が一気に加速していきました。
社長は「女性が活躍するためには、男女平等に育児をする世の中にならなければならない。当社がそれを実現できないのなら、他のどの会社もできるわけがない」という強い思いを持っていました。トップが本気になって、社員にメッセージを発信することで会社が変わる。トップの意思と発言の重要性を実感しました。
――貴社では仕事とプライベートを両立するための多種多様な制度が揃っています。どのように充実させていったのでしょうか。
渡辺さん:もともとは社員の声を聞きながら人事部で制度を作っていましたが、2022年に育児・介護休業法の改正があり、改めて制度を見直すため、「社員で作り上げる育児制度プロジェクト」を立ち上げました。メンバーを公募したところ、男性も含めて28人の社員が手を挙げてくれました。男女両方の視点で必要な制度を拡充していくことができたのは良かったなと思います。
例えば、思い切り働きたいけれど、育児とのバランスで勤務時間を減らさなければならない社員のニーズに応えられるよう、時短勤務におけるフレックスタイムの使用を決めました。テレワークとミックスして、在宅勤務のときには長く働き、出社する日は短く働くといった調整が可能になっています。
――他にどんな制度があるのか、具体的な内容について教えてください。
渡辺さん:「ひとつきいっしょ」の制度は、2025年4月から「すくすくいっしょ」と名前を改め、有給で休める期間を3カ月間に延ばしました。生後3カ月は母体も十分に休ませなければいけない中、昼夜問わず育児に専念しなければいけない大変な時期ですし、育児のスタートを夫婦同時に切らなければ、女性主導の育児が定着してしまいます。期間を伸ばしたことで、2カ月、3カ月、あるいは1年間育休を取得する男性社員も増えています。
また、復帰後、フルタイムか時短勤務か、働き方を1カ月ごとに変えられるようになっています。フルタイムで働いてみて難しければ時短勤務に戻せますし、15分、30分など細かく時間を伸ばしていくことも可能です。
また、同じ年に復職した女性社員や、同じ月齢の子どもを持つ男性社員が集まり悩みを相談できる「ママ会」「パパ会」も開催しており、部署を超えて自然とコミュニケーションが取れる風土もできています。そのほか、不妊治療や養子縁組のために休みを取得できるライフデザイン休暇・休職制度や、通院や妊婦検診に配偶者も同行できる付き添い休暇があります。
制度設計に加えて、制度の運用でも意識していることがあり、妊娠が分かったら、できるだけ早めに報告してもらうように呼び掛けています。人事担当と上司、本人とでコミュニケーションを取りながら、どの制度を利用するのかを決めていきますし、育休の期間も、ただ長ければいいとは思っていません。どんな育児をしていきたいのか、それぞれの希望に寄り添える状態がベストだと考えています。柔軟な選択肢を用意し、配慮はするけれど、過保護になり過ぎないことを意識しています。
――取組の結果、感じられている社内の変化や手応えについて教えてください。
渡辺さん:社内の雰囲気は本当に大きく変わったと思います。私が入社した当時は、女性管理職は少なく、先輩社員の働き方も正直まねしたいと思えるようなものではありませんでした。いまは男女ともに育児をすることが当たり前という意識が浸透していて、実際にそれを行動に起こせています。
私自身、会社や社会の環境が変わっていく過程で管理職になりました。育児との両立には不安もありましたが、周囲のサポートや理解のおかげで何とかやっていくことができました。育児に限らず、介護や病気などの場合でも、お互いにサポートできる環境を目指しています。子どものいない社員であっても、有休を当たり前に使えて、働きやすいと感じられる環境は整っていると思います。
一方で、女性管理職の目標についてはまだ道半ばなので、2026年以降も大きなテーマとして取り組んでいきます。また、意思決定ボードである社内取締役の中に女性がいないので、将来的には経営にも女性の視点を取り入れていける会社を目指していきます。
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