東京都

第8回
事業領域が多岐にわたり、女性が孤立しやすい環境
きめ細かな施策でタテとヨコのつながりを強化

LGBTQIA+の担当として、レインボーカラーのIDカードホルダーを着用している
LGBTQIA+の担当として、レインボーカラーのIDカードホルダーを着用している

株式会社日立製作所
● グローバルダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン本部 主任
  新井 春帆(あらい・はるほ)

多岐にわたる事業を展開する日立製作所は、グループ全体で約28万人の従業員を擁するコングロマリット企業である。事業所も国内の様々な場所に点在しているため、女性社員にとってロールモデルとなる女性管理職や先輩・同僚社員と会える機会は多くはない。こうした孤立しがちな女性社員のためにタテとヨコのつながりを強化し、自分の強みやキャリアについて振り返るメンタリング・プログラムのほか、ERG活動、男性育休を増やすための施策など、きめ細かなサポートでインクルージョン、女性活躍推進を進めている。

■ コングロマリット企業として多様性を会社の中に持つ

⸺まずは新井さんの役職と担当業務を教えてください。

 国内外のグループ全体の従業員は約28万人に上ります。グローバルダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン本部は日立グループ全体のダイバーシティ推進を担う部署で、「ジェンダーを含む様々な多様性を大切にしていこう」というメッセージ発信や取り組みを行っています。私の担当はグローバルのLGBTQIA+と国内のインクルージョン推進になります。

⸺2020年4月にイタリア出身のロレーナ・デッラジョヴァンナ氏がDEIの責任者に就任され(現・執行役専務)、グローバルでダイバーシティ推進を加速されています。その中で女性活躍推進をどのように位置付け、特に日本における重点課題は何でしょうか。

 ダイバーシティ推進の歴史の中で、特に女性活躍推進は古くから取り組んできました。ロレーナが担当役員になってグローバル戦略を初めて作成しましたが、「女性のみならずあらゆる多様性が必要である」ことを事業戦略として強調しています。
 当社はプロダクトメーカーであるだけでなく 、様々なソリューションを提供するなど、幅広い事業領域を有するコングロマリットです。お客様も多岐にわたり、今では海外売上比率が約6割に上ります。その意味でも、より良いプロダクトやソリューション、サービスを提供していくためには、社会の多様性を会社の中に持っていないと理解が及びませんし、ニーズに気づくこともできません。そこで、2020年にダイバーシティ推進を事業戦略として掲げたわけです。日立製作所単体において、女性従業員比率は21.6%なのに対して、女性管理職比率は8.5%にとどまっています。このギャップを埋めていくことが女性活躍推進における課題であり、役員層の多様性を高めていく、つまり経営の意思決定に多様性を反映させていくことが重要だと考えています。具体的には、2030年度末までに日立製作所の役員層における女性、民族的・文化的多様性の比率をいずれも30%に引き上げるのが目標です。

■ 面識のない先輩社員と後輩社員によるメンタリング

多くのグループ企業がある中で、女性活躍を支援するための独自の施策があれば教えてください。

 特に力を入れているのがメンタリング・プログラム「Career& Beyond」(キャリア・アンド・ビヨンド)で、社内の事業領域を超えた交流のための場づくりでもあります。女性管理職がメンター、非管理職がメンティーになり、このペアでメンタリングを行います。今年の参加者は66ペア・計132人に上りました。事業が多岐にわたり拠点も分散しているので、女性管理職は孤立しがちです。しかし、国内グループ全体で集まるとこれだけの人数になるのは、事業領域の広い当社の特徴といえます。

どんな内容なのですか。

 東京・上野の研修センターにメンター・メンティー全員で集まってキックオフセッションを行った後、4カ月間にわたって、決まったペアでメンタリングに取り組みます。普段は自分と近い事業や先輩社員に悩みを相談することが一般的ですが、全く違うセクターで自分の事業や業務のことを知らないメンターに、自分のキャリアを一から紹介することで“棚卸し”をしてもらいます。
 メンターからの「それってなぜこうやっているの?」といった質問や意見は、第三者的な新鮮な視点だからこそ気づきや学びを得ることができます。
 メンター、メンティーともに全国から参加してもらいますが、メンタリングに加えて、期間中に計3回の集合セッションを対面で実施し、メンタリングがより充実するよう伴走するプログラム設計としています。ペアのメンタリングに加えて、今年は「先輩社員2人+後輩2人」によるグループメンタリングも行いました。男性は職場に自分と近いロールモデルとなる先輩社員がいることが多く、キャリア開発に関する材料を自然と得られる機会がありますが、女性は参考となる先輩や同僚に出会えない場合があります。その意味で、女性のキャリア開発の機会は均等・公正とはいえず、このギャップを埋めるための施策にもなっています。
 メンティーは66人のメンタリング同期が集まるので、「こんなにたくさん人がいたんだ」と安心感にもつながります。ちょうど先日、クロージングのセッション(右写真)を実施したのですが、すごい熱量で笑いあり涙ありの会になりました。

社内異業種交流ともいえるプログラムですね。どんな効果がありましたか。

 毎年、メンティーに対してプログラム開始前と終了後にアンケートを取っています。2025年度のアンケートで、「管理職や未経験分野に挑戦したい」という人が、プログラム開始前と比較して、18ポイント増加しました。女性はインポスター症候群(能力に対する自己評価が不当に低くなる状態)を持つ人が多いといわれます。しかし、メンターから「あなたすごいことしてきたじゃない」とフィードバックされたことで、「自分を見返してみて自信が持てるようになった」と打ち明ける人もいました。
 このプログラムでは、実はメンターに対する施策も取り入れています。女性は管理職になっても、同じ立場の人が少ないので孤独感を味わう人も少なくありません。女性を管理職に登用して終わりではなく、その先のキャリアを築いていくために、メンターになったら「社外のメンタリングプログラム」を別途受けてもらいます。つまり、社内で後輩にメンタリングする一方で、自分の知見を深めるために社外のメンタリングプログラムをメンティーとして受講してもらいます。外から新しい視点を得られるので、自身のキャリア開発の観点のみならず、仕事においても良い効果があったと言ってくれた方もいました。

■ ボトムアップのERG活動、制度を使える環境づくりを推進

従業員の自主的なERG(=Employee Resource Group、従業員リソースグループ)も、様々なテーマで活動されていますね。

 インクルージョン戦略の一環として約2年前に会社が導入した制度で、全従業員がERG活動に参加できます。ERG活動を業務として認めたのも、当社の決意の表れです。会社では対応できない部分をボトムアップで支え合っており、すごく効果が出ています。
 例えば、従業員がコミュニティの場を求めてERG活動に行く際、会社としてERG活動を支援しているので、隠して活動しなくてもいいという安心感が持てます。両立支援や育児に関するERGも、経験者たちが集まれば有益な情報を得られます。男性育休の促進においては会社主催のセミナーも開催していますが、ERGも一緒になって「男性が育休を取ることは当たり前」という文化が根付いていけば、すごく心強いと思います。
 現在、国内では約2500人がERG活動に参加していて、さらに増えています。ERG活動を通じて「声を上げてくれる従業員がいる」と認識できたことは会社として大きな気づきになっていますし、「これをやるべき」と会社が一方的に支持するよりも説得力があります。

様々な施策や制度があっても、きめ細かい配慮や仕組みは重要ですね。

 制度としてはかなり充実していると思いますが、もっと“使える環境”にしていく必要があると考えています。例えば、過去、男性育休取得比率が期待したほど上がらなかった要因の1つは、「育休中に他の人に負担を掛けてしまう」という不安があることです。そこで、不安なく育休が取れるように、「配偶者の妊娠が分かった時に上司と面談して、システムに面談記録と休暇希望を記録する」という申請フローを整えました。休暇の要望を早期に職場でシェアして計画を立て、「休みたいタイミングで休みに入れるように」というルールを整えました。
 また、女性の分断するキャリアをつなぐための「復職支援セミナー」に加えて、後に導入したのが「プレパパ・プレママセミナー」です。パートナーあるいは自身が出産予定の社員を対象に、「育休中は何をすればいいのか」「赤ちゃんと一日過ごすというのはどういうことか」「オムツは何回取り替えればいいのか」などを学んでもらいます。当初はプレパパに重きを置いて始まりました。というのも、男性が休暇を取っても何をしたら良いか分からないという方が多いと思います。特に第一子だと尚更です。パートナーが出産前後の大事な時期に実家へ里帰りする人も少なくありません。でも、「お子さんを迎えるにあたって一番大切な時期です。休暇を取って一緒に子育てをスタートしてください」とセミナー講師が具体的にアドバイスすることもあります。

企業規模が大きいと、比率を高めていくのは大変ですね。

 そのとおりです。でも、自身が育休を取得して育児経験をしていると、他の人たちの気持ちをより理解することができます。将来的に管理職に就いた時も、自分が育休を取ったか取らなかったかは職場のインクルージョンにすごく影響してきます。もちろん休暇を強制することはできませんが、育休推進は事業戦略の1つでもあります。キャリアのロードマップを描くにあたって、これから管理職になる人たちで育休の機会があるなら、自分が経験した上で部下を持てば、誰もが気兼ねなく休暇を取れる環境を作りやすくなるはずです。

■ 30万人を擁する優位性と多様性をさらに強みに変えていく

男性が育休取得を取りにくいこともアンコンシャス・バイアスの1つだと思いますが、それを払拭するための取り組みを教えてください。

 多様な人材が活躍できるようにするために、アンコンシャス・バイアスに特化したE-Learningを全従業員に展開しています。例えば、「女性が1人ポツンと会議室にいて、実は発言しにくくなっています」「日常でのちょっとした会話に、実は排他的な内容が含まれています」といった具体的なシナリオを例示するなど、バイアスに気づくような仕掛けをしています。

 また、日立製作所と主要なグループ会社の役員から本部長まで全員を対象に、順番にインクルーシブ・リーダーシップ・ワークショップを実施しています。「アンコンシャス・バイアスに気づいてどう対処するか」などについて理解を深めてもらっています。
 人事施策でもジョブ型を推進しています。ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)でジョブを明確にすることで、人材配置や昇格昇給の議論に影響を及ぼすバイアスを排除しやすいようにしています。
 男性育休についても、担当役員が会社として育休を支援するというメッセージをビデオで発信したり、セミナーで流したりしています。こうした経営層のコミットメントも重要だと思います。

様々な施策を通じて、成果や社内の雰囲気の変化を感じていますか。

 一番大きな指標として従業員エンゲージメントスコアがあります。メンタリング・プログラムで挑戦に意欲的な女性が倍増したのも大きな成果の1つですし、男性の育休取得率も上がってきています。インクルージョンは時間がかかるといわれていますが、意識や文化を変えていける可能性がまだまだあると思っています。
 かつて当社が国内製造業最大の赤字を出した時から多様性の話は始まっていました。その頃から意思決定層の多様化にも取り組み、外国人役員も増えてきました。こうした反省こそが、確実に転換点になりました。
 日立グループには約28万人の従業員がいて、既に多様性があります。そのダイバーシティを強みとして生かすために、インクルージョンにつながる取り組みを継続していくつもりです。多様性は事業環境の変化に応じてレジリエンスを高める土台です。日本で広く事業を展開している企業の責任として、なぜ多様性が必要かという考え方や取り組みをさらに強化していく必要があると考えています。

◆次回予告◆
次回(第9回)は、女性活躍推進に取り組む企業としてゆうちょ銀行の事例をご紹介します。全国に組織が点在するとともに業務もそれぞれ異なることから、職場の上下だけでなく組織を超えたナナメの対話を仕掛けています。人をきちんと見るような仕組みづくりに努めているという同社の戦略についてお聞きました。