法政大学 キャリアデザイン学部教授 坂爪 洋美 氏 Hiromi Sakazume
前回に続き、法政⼤学キャリアデザイン学部 教授・坂⽖ 洋美⽒にお話をおうかがいします。「⼥性管理職⽐率などの情報開⽰義務化だけでは事態は好転しない」と坂⽖⽒は指摘します。⽇本企業の⼥性活躍を加速させる鍵は「中堅・中⼩企業の取り組み促進」であり、そのための具体的な施策を提案します。[聞き⼿]⽇経BP ライフメディアユニット⻑ 佐藤 珠希
⸺この数年で人的資本経営に注力する企業が増えました。働き手一人ひとりの能力を最大化させることが企業の人材戦略の要となってきています。この潮流は中堅・中小企業にも広がっていくのでしょうか。 2023年3月期以降、国内の約4000社の大手企業を対象に人的資本の情報開示が義務化されました。株主からの圧力もあって、女性管理職比率は今後も上がっていくでしょう。一方、中堅・中小企業の場合は、人的資本経営に対する取り組み度が見えてきません。大企業より人を採用しにくい中で、そこの透明化・見える化をどう図っていくかが課題です。
⸺来年4月からは、「男女間の賃金の差異」と「女性管理職の割合」の公表義務が、従業員101人以上に課されます。情報開示義務の拡大は中堅・中小企業にも少なからぬ影響をもたらすのではないでしょうか。 私もそう思います。女性が管理職を目指すかどうかは別として、自分の市場価値を上げようと思ったら、どの企業で働くかはすごく重要になってきます。企業を選ぶ際の重要な指標となるわけですから、この情報開示はすごく意味があると思います。 多くの大企業では、研修をはじめとしたキャリア支援制度が充実していることが多いです。一方、中堅・中小にはまだ十分整備できていない企業も少なくないですが、いろいろな段階や形で自分のキャリアを考える機会を特に女性社員に提供できるようにとなると、状況は好転していくと思います。 女性管理職比率を上げていくためには、企業に働きかけるだけではなく、働く人たちにも訴えかけることが重要です。女性本人が「管理職になった方がいいかも」と思えるような働きかけをしていけるといいですね。
⸺20代~30 代の働く女性のキャリア観を取材していると、「しっかり働いて稼ぎたい」という女性が増えている一方で、「ライフイベントとの両立が大変そうなので負荷の高い仕事は避けたい」という声も少なからず聞こえてきます。働く女性のキャリア意識がかなり多様化しているように感じています。 「大変そうな仕事はしたくない」という女性はたくさんいますよね。「仕事って悪くないよ」「仕事って面白い」と思わせるような姿勢を、上の世代が見せてこなかったのも一因かもしれません。だから、「すごく意欲の高い人たち」と「働きたくない人たち」が、本当に“無邪気” に混在しているように思います。ただ、働きたくない人たちも、ほんの少しのきっかけで変わるのが若者の特徴です。働く場や企業によってキャリアを考える機会の格差があるので、そこを埋めていくことはすごく大事だと思います。 最近は初任給を大幅に引き上げる企業が増えています。その魅力に惹かれて意欲を持って入社しても、その後も昇給していかなければモチベーションは下がってしまいます。結局、少し先が見えにくくなっているわけです。そうしたいろいろな矛盾が、管理職比率の伸び悩みにもつながっているのだと思います。管理職の業務をもう少しコンパクトにする、部下の人数を減らす、丁寧すぎる育成をいい意味で手を抜いて楽にするなど、これまでのやり方を変えていかないと、管理職の仕事の魅力はますます失われていってしまうのではないでしょうか。
⸺「女性活躍の話題はもういいや」といった雰囲気が社会に生まれていると指摘されましたが、どんなことからそれを感じられますか。 社会人大学院の教育を担当していますが、大学院生が行う研究においても、女性活躍に関するテーマがすごく減りました。もはや目新しいトピックではなくなったという感じもしています。ただ、よく言えば、企業は自分たちの戦略として人材をどう活用するか、その中で女性をどう戦力化していくかということを、落ち着いて考えられる局面になったのだと思います。若者の価値観の変化は抗えない部分もあるので、それに対して企業側がアジャストしていかなければなりません。そういう時期に来ているような気がします。
この10 年の女性活躍推進は、女性管理職比率など数字を追うことが施策の中心でした。厚労省も情報開示の義務化で取り組みを加速させようとしてきました。確かにそれは一定の効果はあったと思います。次のフェーズとしては、数字で動かすことが難しかった層に対して困りごと解決というアプローチが必要だと思っています。中堅・中小は困っている企業が少なくありません。 ようやく優秀な女性を採用できたけど、どう育成すればいいのか分からない。研修に出す余裕も時間もない。人が足りない中堅・中小企業は、各社ごとに悩み事や困り事がたくさんあります。でも、どこに相談していいか分からないのです。 女性活躍推進や女性管理職登用がうまくいっている中堅・中小企業というのは、実は解決のストーリーをたくさん持っています。例えば、仕事と育児と両立するために時短の管理職を設け、その穴をサポートするために他の人を付けるなど、課題が切実だからこそ様々な工夫をしています。「女性を管理職に登用して力を発揮してもらうために、あるいは優秀な女性に辞められないようにするためにはこれが必要だよね。だから新しい制度に変えよう」といった柔軟性も中堅・中小の強みです。 こうした成功している企業の話を聞くことはすごく大事だと思います。「女性を戦力化したことで会社がこう変わった」という事例や経験談を、アドバイスを求める経営者や担当者に対して直接話してもらうことはすごく有効だと思います。
⸺中堅・中小の経営者の集まりなどで、そういったことを話されるのですか。 企業の表彰事業などで審査員をする機会も多いのですが、実は中堅・中小の取り組み事例はそれぞれ工夫していて圧倒的に面白いです。各社のプログラムは問題意識がクリアで、経営課題とプロジェクトの成果がつながっています。ただ、そういうイベントに参加される中堅・中小企業はもともと問題意識が高いので、むしろそれ以外の企業に提示することが重要です。困り事を1 つひとつ丁寧に解決していった事例は、多くの経営者に響くはずです。
こうした中堅・中小企業の横展開だけでなく、大企業の知見を中堅・中小企業につなげていけるようになると、全体の底上げになると考えています。大企業は女性活躍推進に関する良いプログラムを本当にたくさん持っています。それを無料開放すれば、取り入れてみたいという中堅・中小企業はたくさんあると思います。女性のキャリア研修プログラムなど、大企業の持つ資源、つまり知見のシェアが拡大していけば、格差は縮まっていくと思います。 中堅・中小企業対象に国の施策として、アドバイザーのような人が企業を訪問して1 時間ほど話してもらうことも有効かもしれません。社労士(社会保険労務士)やキャリアコンサルタントの力を借りて“セット”にして提示するような仕組みが構築できると、女性活躍推進が進んでいない企業も変わっていくのではないかと思います。
⸺中堅・中小企業の担当者からは「女性活躍に取り組んでいが、思うような成果が出ない」という声も聞きます。 女性を管理職にしていきたいという時に、本人の意向を無視して進めてしまったら付いてきませんよね。意向を聞くというのは、単に「管理職になりたいですか。なりたくないですか」と聞くことではなく、「ここまでならできるよね」「次はこれをやっていこう」といったプロセスも含めて伴走することが大切だと思います。 中堅・中小企業は柔軟に対応できるのが良さでもあります。そのため、例えば2 人の女性を管理職にする場合、それぞれ異なるアプローチをとることも可能です。大企業ですと、個別で対応が違いすぎると公平性の観点で問題になってしまうことがあるかもしれませんが、その人なりの事情や考え方を尊重して寄り添えるのが強みではないでしょうか。
この数十年、女性管理職比率は数ポイントしか伸びていませんが、言い方を換えれば、数ポイントでも少しずつ伸びてはいます。ただし、ここでひと休みしている場合ではありません。女性活躍という以前に、働いている人たち全体の育成をもっとしっかりやっていかないといけません。日本は諸外国と比べて人材育成にかける費用が少なく、最近ではむしろ減っているという調査結果も出ています。人材に投資していかなければいけないという方向性はそのままに、その人材の中には女性が入ってこざるを得ません。労働者人口の高齢化もすごく進んでいますからね。 日本のこれからを担う人たちの能力を高めていこうという時に、「女性だから」「男性だから」と言っている場合ではありません。今までのやり方も一定の効果は上げてきましたが、一方では格差を生む結果にもなっています。中堅・中小企業が対応できないまま来ていることが格差の一因とすれば、女性管理職比率や賃金格差の情報開示を義務化して上げていこうという方法だけに頼ることには、限界があるでしょう。 人材育成の観点から、「どうしていけば、今いる人がよりよく働けるのか」という問いに対して回答を提示していくような仕組みが必要です。先にも触れましたが、大企業の知見を開放して中堅・中小企業も使えるようにするのも方策の1 つです。ただ、それを真似してもうまく根付かないので、各企業に伴走する人が必要になってきます。高いクオリティでアドバイスしてそれぞれの企業に落とし込んでいくと、今まで取り組めていない企業も変わっていくと思います。
【参考】東京都は「企業と働く女性のキャリアパートナーシップ支援事業」において、企業と働く女性によるそれぞれの健康やライフステージを踏まえたキャリア形成を支援しています。他社の成功事例を紹介するセミナーや専門家によるコンサルティングを通じて、働きやすい環境を整え、女性のキャリアアップをサポートすることを目指しています。詳細は、以下からご確認ください。https://josei-jinzai.metro.tokyo.lg.jp/
◆次回予告◆次回(第6 回)は、女性活躍推進に取り組む企業としてファイザーの事例をご紹介します。男性の立場から女性活躍をサポートする取り組みなどについて、社内ボランティアで活動に参加する2 人の社員にお話をうかがいます。