法政大学 キャリアデザイン学部教授 坂爪 洋美 氏 Hiromi Sakazume
法政大学キャリアデザイン学部 教授・坂爪 洋美氏へのインタビューを、前編・後編の2 回にわたってお届けします。ワーク・ライフ・バランスやキャリア開発、DE&I など幅広い分野の研究を行っている坂爪氏に、日本における女性活躍推進の経過や現状、課題などについてお話をおうかがいします。[聞き手]日経BP ライフメディアユニット長 佐藤 珠希
⸺女性活躍推進法の施行から10 年が経過しました。これまでの日本企業の取り組みや変化をどう見ていらっしゃいますか。 大きく変わった面とそうでない面があると思います。男性の育児休業取得に関しては、かなり根付いてきました。昔は保育園の送り迎えは女性が圧倒的に多かったのですが、数年前からは朝の送りで男性が目立つようになりました。夕方や夜のお迎えも、やはり男性が増えてきていますよね。時代の流れとともに、こうした変化が目に見えるようになってきています。 一方、女性活躍・登用という点では、牛歩より遅い感じがしています。女性管理職比率は、確かに右肩上がりに見えるでしょう。ただ、これは平均値のマジックともいえます。女性活躍に積極的な企業は取り組んでいるし、そうでない企業はほとんどやっていませんからね。それにも関わらず、「女性活躍の話題はもういいよね」という空気感が漂ってきているのが、今だと思います。
キャリアに前向きな女性の多くは「働き続けたい」という意欲を持っています。しかし、「もっと昇進したい」「管理職になりたい」と考えているかというと、それは別の話です。「管理職になるのは罰ゲーム」といわれるように、男性の中にも「管理職にならなくてもいい」という価値観の人が増えています。「管理職を目指せ」と号令をかけられても、「ちょっと付いていけない」という人たちも一定数います。そういった難しさがあると思います。 仕事と家庭の両立という点では割と目に見える形で成果があり、なおかつ社会の中でも「子育ても家事もパートナーと一緒に」という考え方が受け入れられていると思います。しかし、女性管理職育成に関しては取り組みの企業間格差と女性の中での戸惑いが薄まらずに続いているのかなという印象です。
⸺女性活躍や管理職登用について、企業間でも、働く女性の間でも、必ずしもポジティブに受け止められないケースが散見される要因は何でしょうか 。 昔と違って、そもそも管理職の業務が複雑化しています。部下とのコミュニケーションではハラスメントと捉えられることもあるし、残業させずに早く帰さないといけないというプレッシャーもあります。昔は「管理職は“美味しい” ポジションだ」というイメージがあったかと思います。しかし、最近は新卒の初任給は上がっているのに、管理職の給与はそれほど上がっていません。しかも、管理職が部下の残業を引き受けるとなれば、余計に労働単価は下がってしまいます。「やっぱり管理職の仕事って大変だな」という流れと、女性管理職登用の歩みが同期してしまった難しさがあるのかもしれません。
日本経済がずっと右肩上がりに成長していれば、いろいろな人を管理職にしてもよかった。しかし、今はなりたい人皆が管理職になれるわけではありません。その意味で、経済成長次第でまた違う展開があったのではないかと思います。 人手不足が進んだ結果、限られた人数で業務を回さなければならなりません。会社からすると、全体的に人は足りていないけれど、管理職候補者は社内にたくさんいるわけです。だから、その貴重なポストにあえて女性を当てなくてもいいという考えが一部の会社にはあるような気がします。
⸺働き方改革が十分に進まなかった側面はありますか。 あるでしょうね。 働き方改革で大切なのは、目に見える形で労働時間を抑えることです。しかし、その前提となっている「仕事のあり方を変える」ことをせず、「限られた時間・限られた人数で何とかしろ」と現場に丸投げされてしまうことがあります。
⸺管理職になりたくないという女性に話を聞くと、「あの上司のような働き方はできない」「トップダウン型のリーダーシップは苦手」などと打ち明ける人が少なくありません。管理職に対してステレオタイプのイメージが払拭できなかったのも影響している部分もあるのでしょうか。
それは特に中堅・中小企業の課題だと思っています。大企業は株主からの圧力もあり、社会の変化とともに否が応でも変わらざるを得ない部分がありました。これに対して中堅・中小企業は、社外からのプレッシャーが強いわけではありません。現状で何とかなっていれば、「別に無理して変えなくてもいいよね」となってしまいます。今は、かつてのパワータイプの管理職とは異なるタイプの管理職も求められるようになってきています。ただ、結果的に「今のままで何とかやっていける」となると、管理職の在り方も変えなくてすむ。そうした企業が今でも少なくないのだと思います。 講演などの機会があると、終了後に中小企業の方がよく声を掛けてくださるんです。お話を聞いていると、「人が足りないから女性には働いてほしい。でも、管理職候補としては複数の男性がいるので、無理してまで女性を登用しなくてもいい。ただでさえ育児で大変な人に、そこまで負担をかけなくても」という意識が根強い方が少なくないように感じます。現状で業務はきちんと回っているし、そもそも管理職のポジションが少ないのでみんながみんな上には上がれませんからね。「ダイバーシティはイノベーションの源泉」と言いますが、多くの中小企業では今の事業をきちんと回していくことが最優先課題となるので、なかなか組織変革が進まない現実があります。
⸺経営者や管理職層の意識が変わらないと、女性の管理職登用は進まないと感じます。 人材育成においては「失敗できない」という守りの意識があります。限られた管理職ポストを失敗なく次に渡す時、それまでの人でうまくいっていた経験値を生かそうとすると、次の候補者もやはり男性に偏ってしまいます。こうしたこともあって、女性が自信を持てるような経験値を割り振れなかったということはあるのかもしれません。
日本企業の女性管理職比率の低さという点でいえば、「そのポジションに相応しくない男性を登用していませんか?」「(性別にかかわらず)本当に優秀な人を課長にしていますか?」ということが企業に問われているのだと思います。企業の部長クラスの方と話をしていると、「降格させたい課長職が一定数いる」という声を聴くことが少なくありません。その一方で、「一度上げたものは下げられない」という硬直性がどの企業にもあります。 以前、ドイツの鉄鋼会社にインタビューしたのですが、女性活躍について大事なことは「女性管理職比率は少しずつ上がっていくだろうが、その期間をより短くしたいとその企業が本気で思っているかどうかだ」と話していました。また、「良い管理職を戦力として求めていかなければならない時に、男性でなくてもいいよねという変化は必ず生じてくるはず。そこまでの期間をいかに短くしていくかが私たちには求められていて、そこに向けた取り組みができるかどうか」とも話していました。 日本は女性活躍において本当に長い時間がかかっています。10 年後には女性管理職比率は2、3 ポイント上がっているとは思いますが、それよりも企業間格差がより大きくなっていくと思います。「優秀な人とは何なのか」が見えるようで見えない時に、本当に個々人の力量を見抜いて登用できているか。男性・女性に関わらず、人をどう生かすかが問われています。
◆次回予告◆後編(第5 回)では、企業間格差をどう縮めていくかにフォーカスします。中堅・中小企業同士の横展開、大企業から中堅・中小企業へのプログラムなど知見のシェア、アドバイザーのよる無償指導など、様々な施策案を坂爪氏が提案します。