第2回
ステレオタイプに縛られることなく
誰もが自分らしく力を発揮できる社会へ
(後編)

 前回に続き、『日経ウーマン』発行人(日経BP ライフメディアユニット長)の佐藤珠希氏にお話をうかがいます。
 今回は、女性が管理職やリーダーになる上でのハードルや自信を持ちづらい心理的・社会的背景を探るとともに、“強いリーダー像” とは異なる、多様な人材が自分らしく活躍できる企業風土や社会を考察します。

■自分を過小評価する「インポスター症候群」が挑戦を阻む

⸺女性が管理職・リーダーになる上でハードルになる要素は何ですか。
 様々な研究で分かっているのは、相対的に女性は自分の能力や実績を過小評価して自信を失ってしまう「インポスター症候群」に陥りやすいということです。米ヒューレット・パッカードの社内調査によると、同じポストに応募するのに男性は必要要件の6 割を満たせば応募するのに対し、女性は完璧に満たさないと応募しない傾向があったといいます。自己評価が極端に低く自信が持てない女性は、いくら周囲から見て優秀な女性であっても、「私には管理職は無理」と思い込んでしまうケースも少なくありません。
 こうした状況を変えるには、女性社員に期待を伝え、活躍の機会をたくさん与えて実績を積ませるとともに、心理的安全性が高い職場づくりや柔軟な働き方を認めるなど、女性が活躍しやすい職場づくりに取り組む必要があります。そういうことが組織風土の改革につながっていくはずです。

⸺なぜ日本の女性は自分に自信を持ちづらいのでしょうか。
 欧米と比較すると、日本は昔から「男性は仕事、女性は家庭」という性別役割分業意識が根深く、「女性は控えめであるべき」といったような規範意識も根強いですよね。こうしたジェンダーステレオタイプの影響は大きいと思います。
 日本は理系に進む女性の割合がOECD(経済協力開発機構)平均を大きく下回っているのですが、その要因として「女子は数学が苦手」「理系は男子が向いている」というステレオタイプがあると指摘されています。また、理系分野における女性のロールモデルの少なさも影響しています。こうした状況を変えようと、大学の理工系学部の入試では「女子枠」を設ける動きが数年前から広がってきました。内閣府の調査では、工学部に占める女性の割合は2 割未満にとどまっています。こうしたデータは、進路選択や学習機会において何らかの男女格差が潜んでいることを示しています。それを是正するための措置として、必要な取り組みだと考えます。

■ 大学における女子学生の割合

出典:内閣府「令和6 年版 男女共同参画白書」

 ノルウェーやフランスなど経済界における女性活躍が進んでいる一部の国には、役員の一定の数・割合を女性に割り当てる「クオータ制」があります。その効果は大きく、2021 年時点でヨーロッパ主要国における「役員の女性比率」は36.0~45.3%と、日本の約3倍の水準となっています(OECD「Social and Welfare Statistics」)。クオータ制がすべてを解決するわけではなく課題もありますが、グローバルにみて大きく後れを取っている日本の女性活躍の現状を変えるための、有効な手段の1 つになり得るのではないでしょうか。

■各人が好きなように生き方を選択できるのが多様性

⸺企業でリーダーシップを発揮する女性が増えるには、どんなことが重要になると考えますか。
 多様性を受容する組織づくりや働き方改革が重要なのはこれまで話してきたとおりですが、「多様なリーダー」や「多様なマネジメント」を認め合う風土づくりがとても大切だと考えます。日本社会には「リーダーは強い統率力でメンバーを率いていくべき」といった固定観念が根強くあり、多様なリーダー像を持つことが難しかった面があります。しかし、個性や強みが異なれば、マネジメントスタイルもそれぞれ違って当然です。誰もが「強いリーダー」を目指す必要はなく、自分らしさを生かした自分なりのリーダーシップのあり方をそれぞれが考えればいいと思います。
 女性のみならず男性もそうですが、自分を型に当てはめようとせず、自分の強みを生かした仕事の仕方やマネジメント方法を実践する方が、生産性もやりがいも高まるのではないでしょうか。

⸺女性も男性も、誰もが生き生きと働ける社会になるといいですね。
 誤解を恐れずに言えば、「みんな好きなように生きて、それを認め合える社会になればいい」というのが私の考えです。役割期待に縛られることなく、自分の個性を生かしながら、生き方や働き方を選択できることが多様性だと思います。性別に関係なく、それぞれが自分の望むキャリアを選択できることが重要です。
 今の日本社会は残念ながらジェンダー格差が依然として大きく、女性が自由に生き方や働き方を選べる社会とはほど遠い状況にあります。それは、女性管理職比率や男女間賃金格差など様々なデータが示すとおりです。例えば、企業の管理職(課長相当職以上)に占める女性の割合は12.7%(厚生労働省「令和5年度 雇用均等基本調査」)にとどまっています。女性活躍に取り組む企業は、正社員比率と同じ割合の女性管理職比率を目指して、計画的な女性の採用と育成に取り組んでいただければと思います。

■ 管理職に占める女性の割合(2023 年)

出典:日本は厚生労働省「令和5 年度 雇用均等基本調査」
海外諸国は労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2025」

 AI やIT の進展でビジネス環境が大きく変化する中、企業が成長を続けるためには、多様な能力や考え、価値観を生かしながらイノベーションを創出したり、変化に対応したりすることが欠かせません。
 日本はこれから人手不足がますます深刻化していきます。性別や国籍、年代など属性に関係なくいかに優秀な人材を採用して育成し、真に活躍してもらうか。そこに企業と日本経済の成長がかかっています。そうした危機感を持つ経営者や企業の方がかつてないほど増えていることを、日々の取材活動を通じて実感しています。これまで以上のスピード感を持って、風土改革や働き方の改革を進め、女性を含めた多様な人材の活躍を実現する企業がますます増えていくことに大いに期待をしています。

◆次回予告◆
第3 回のコラムでは、働く女性が増加してきた日本にあって、有給休暇や育児休暇など企業内の制度づくりが遅れている現状を、調査データをもとにレポートします。