先進企業は何が違う?ポーラ及川社長に聞く女性登用の実践
- 白河 桃子
- 相模女子大学大学院特任教授
昭和女子大学客員教授
現在、日本の女性管理職比率は12.7%*1と主要先進国の水準を大きく下回っているのが実情です。これに対して株式会社ポーラ(以下、ポーラ)では女性管理職比率約35%*2を達成。2020年には代表取締役社長に及川美紀氏が就任し、国内の大手化粧品会社で初めて女性リーダーが誕生しました。この違いはどこにあるのでしょうか。及川氏に、女性リーダーが活躍する組織づくりの秘訣を聞きました。
- 厚生労働省 2022年度「雇用均等基本調査」
- 役員約36%、部長約35%、課長約35%(2024年1月1日現在)
ロールモデルたちが支える女性活躍の社内風土
白河 いまや多くの女性リーダーが活躍しているポーラですが、女性が当たり前に管理職のキャリアを意識するようになったのはいつごろからだったのですか。
及川 私が入社した1990年台初めにはすでにベースがあったと思います。約30年前ですが、すでに育児中の女性管理職もいました。また私が入社してすぐに出向した販売会社でも、訪問販売の現場を担う多くのリーダーが働くお母さんだったんです。そうした先輩方の背中を見て、私も自然と「女性がリーダーになるのはビジネスの世界で当たり前なんだ」と意識するようになっていましたね。
白河 早くから女性活躍の社内風土ができていたのですね。
及川 ただ、当時は産休・育休制度すら整備されていませんでしたし、保育園に預けるのも今より大変。社会規範としても「お母さんは家で家事・育児」という意識が強く、出産退職する女性社員はまだまだ多かったです。そうした難しい状況の中でも課長から部長、役員へとチャレンジして扉を開いてくれた先輩たち、その後に続きながら道を整えてくれた先輩たちの存在は大きかったですね。
白河 ロールモデルの重要性を改めて感じさせられます。
多様な働き方を許容し、管理職になる可能性をひろげる
白河 国内の経営者に話を聞くと、長らく女性活躍推進に取り組んでいるにもかかわらず、女性管理職比率が頭打ちになってしまうケースは少なくないようです。
及川 ポーラでも女性管理職比率が30%から伸び悩んでいた時期があったので、難しさはよくわかります。その際にネックになっていたのが、ジェンダーバイアスでした。
ポーラで管理職になるには、まず管理職候補者として社外アセスメントを受ける必要があります。そこで管理職としての資質を見極めてもらった上で、上司のサポートのもと1年かけて自分の強みを伸ばし、管理職試験合格を目指す、という流れです。このアセスメントを受ける候補者は直属の上司がリストアップするのですが、よく見ると、そもそもそのリストに女性が少なかった。本来であればリストに入ってしかるべき、ポテンシャルのある女性社員たちの名前が抜けているんです。彼女たちの上司に理由を聞くと「お子さんがいて大変だから」「転勤できないから」と。
白河 まさにアンコンシャスバイアスですね。
及川 そうしたバイアスを取り除くべく、まず管理職クラスを対象に研修を実施して意識改革を図りました。併せてコンピテンシー、すなわちアセスメントで診断してもらうための管理職要件も刷新。業務的な部分だけでなく「未来志向」「協力する力」といった要件も加えて、より多面的にポテンシャルを見てもらえるようにしたんです。2018年から取り組み始め、2021年には管理職候補者のリストも多様化してきました。
白河 「産休・育休でブランクができたり、復帰後に短時間勤務をしたりすると、管理職になるための点数が足りなくなる」といった実態も多い中、多様な人材が管理職になる要件を再考されたのは興味深いです。
及川 制度運用も柔軟にしています。例えば、管理職候補者としてアセスメントを受けてから試験に合格するまでの間に産休・育休に入った場合、復帰時は休業に入った時点から再スタートになります。本人の希望がない限り再アセスメントはしませんし、そもそも候補者リストに入るところからやり直しになることもありません。昇進候補に挙がった時点でポイントが不足していたとしても、その原因が産育休にあるとはっきりわかればその点を考慮に入れています。
例えば、現在役員を務める女性の一人も、課長試験に合格した直後に産休・育休を取得したのち、課長ポストで復帰した経験がありますね。
白河 「子どもやパートナーのために転勤できない」といった転勤要件との兼ね合いはいかがでしょうか。
及川 コロナ禍をきっかけにリモートワーク環境を整え、管理職に限らず、地域にいながら本社の勤務をしている人、逆もしかりですが、男女に関わらず在籍しております 。制度というわけではなく、 個別の事情をちゃんと把握して、対応できるようにしていますね。実際に管理職でも名古屋や静岡にいながら本社の管理職を務めあげている人は複数います。個人の可能性と能力を掛け合わせて対応できる柔軟さが必要です。
白河 やはり環境整備をしっかり進めておられますね。
チームの存在が女性リーダーの「本気スイッチ」を入れる
白河 一方、会社側が女性登用を進めようとしても、女性本人が「昇進後に産休・育休に入ってしまうと迷惑がかかる」と躊躇する例も多いと思います。
及川 ポーラでいうと、その点は「抜擢制度」である程度カバーできていると思います。自分から管理職試験を受けるのをためらってしまう社員もいる中、管理職としての要件と、組織としてリーダーを担っていただくことが必要だと 判断された方を取締役による人材委員会での決定、抜擢をしています。直属の上司のほか、時には役員も説得します。やはり返答に迷う女性社員はいますが、最終的に断った人は現時点で一人もいません。
また抜擢から原則2年以内に試験に合格しなければ抜擢は解除されます。少し厳しく見えますが、会社として挑戦の機会を与える一方で、最終的にどのようなキャリアを歩むかは本人が決められるようにしている形です。
白河 実際に管理職としての仕事に取り組みながら考えられる時間が用意されているのですね。やはり本人が「なぜ私がやる意味があるのか」に納得できないと、なかなかリーダーにはなれないと思います。女性リーダーとしてのいわば「本気スイッチ」はどうすれば入ると思いますか。
及川 経験上「あなたがリーダーになれば、後ろのメンバーにあれもこれもやってあげられるよ」と伝えると響きやすいです。ポジションや給料以上に、自分の仕事が誰かの役に立つことがモチベーションになるんですね。そして、この「誰かの役に立つ」ことと自分自身がやり遂げたい「Will」が結びついたとき、女性リーダーの本気スイッチが入るのではないかと私は思います。「上司に認められたい」といった小さなWillなら自分一人でも叶えられますが、それが大きくなって社会性を帯びてくるとチームの力が不可欠になります。Willがあるからこそチームビルディングをする。するとリーダーのポジションは後からついてくるんです。「ポーラの商品をもっと多くの人に届けたい」と思うから商品開発課長になる、「みんなの幸せを実現し、社会にそれを還元したい」と思うから役員クラスになる、といった具合ですね。日常レベルでも、同じ課題感を持った同士に呼びかけて業務外のワーキンググループをつくり、そのリーダーになっている社員がポーラにはたくさんいます。
白河 一人ひとりのWillの開発、またそのWillを発信した人が丸投げされず、チームをつくれる環境づくりが大切ですね。
「個性活躍」は女性活躍なくして語れない
白河 最近、学生たちと話していると「いまや男性も女性も関係のない個性の時代。なぜ今さら『女性リーダー』なのか」という声も聞きます。改めて、なぜ今の世の中に女性リーダーが求められていると思いますか。
及川 そもそも女性の能力開発、能力発揮の問題を解決しなければ「男性も女性も関係ない」世界はやってこないと私は考えます。学校生活までは平等でも、職場に入ればいまだジェンダーの壁がある。この壁を打破して初めて、個性の時代に進めるのではないでしょうか。
白河 では企業にとって女性リーダーが必要な理由は何でしょうか。
及川 女性活躍推進の核心は自社の人材の能力開発です。社内で埋もれている「埋蔵金」のようなポテンシャルを発掘して育てようと考える。そこで管理職比率を見てみると、その埋蔵金の多くが女性人材であると明らかになるはずです。さらに、そうした女性がリーダーとして能力を発揮できるようになれば、切磋琢磨できる相手が増えた男性もレベルアップする。つまり会社全体の総力アップにつながるんです。「統合報告書に書かなければいけない」「投資家に求められるから」といった動機ではなく、自社のために女性の登用に取り組むべきだと思います。
白河 優秀な人材を社外から採ってこようとするより、社内で発掘したほうがコストも少なくて済みますよね。まさに女性活躍は人的資本経営に直結すると思います。最後に、これからポーラが目指す次のステップを教えてください。
及川 ポーラの目標として掲げているのは「個性活躍」の実現、すなわちすべての人の力の最大化です。高い視座で長期ビジョンを持ってチームビルディングできる人材を、性別も年齢も問わずもっと育成、開発したいと考えます。具体的な数値目標としては、女性管理職比率を5割に。現在ポーラの新卒採用の男女比は5:5で女性管理職が3割強ですので、まだ2割の女性の未来を開発しきれていないんです。今後も女性の人材育成やサポート体制の改善、さらに男性の家事育児支援などの環境整備に引き続き尽力していきます。女性活躍のベースがしっかりできれば、男女問わず若い世代が活躍できる環境になりますし、シニア世代も本来の個としてのスキルを発揮しやすくなるはずです。一人ひとりがビジネスパーソンとして成し遂げたい大きなWillを叶えるため、長い人生設計の必然的な中間地点として「リーダー」になれるような会社になること──それがポーラの目指す姿です。
編集協力・・・西東美智子
撮影・・・ひらはらあい